日本での脱毛

ミュゼ高松

日本はというと、平安貴族の女性が脱毛をせっせと行っていたようです。

 

平安時代は八世紀頃、その時代の貴族女性は着物を重ね着していて、肌が出る部分が少なかったせいか人目につく額と眉の形が重要視されました。

 

下ぶくれで細い眉で良い形の額が美人の条件だった当時は、額や眉の手入れは必須条件。額や眉のむだ毛は毛抜きで引き抜かれ、足りないところは墨で書き足されました。

 

日本三大随筆とされる「春は曙」で知られる枕草子にも脱毛道具が出てきます。『有り難きもの』の中で、『毛の良く抜くる白銀(しろがね、銀をさします)の毛抜き』とあります。現存する清少納言の姿絵を見ると、眉はさほど細くないので「美容をサボっていた時期に描かれた?」と思ってしまいますが、当時の貴族社会の奥で銀の小さな毛抜きを手に貴族女性が美容に勤しんでいたと思うと微笑ましい。

 

時代が少し下って1001年に登場する源氏物語にも、眉の形状についてなどの脱毛関連の記載があるといいますから、平安の世の女性の美容脱毛には眉の毛を抜く道具は欠かせないものだったのでしょう。

 

17世紀の江戸時代では男性脱毛も行われたようです。夏になるとプチブームとでも呼びましょうか、風通しの良いふんどしが話題になったり、夏祭りなどのふんどし姿をニュースで見かけたりします。

 

開放感のあるふんどしですが、男性のふんどし姿を日常的に見たはずの江戸でも、ふんどしからはみ出るアンダーヘアは御法度だったようです。江戸で賑わいをみせた銭湯(湯屋)は、体を流してもらう三助さんがいたり、囲碁の対戦をしたり出来る社交場であったらしいですが、銭湯の片隅にはアンダーヘアを摩擦で切り取るための石が大抵置いてあったようです。